なぜ大川はヒキダシの街になった?
480年、職人たちが紡いできた伝統と革新の歴史

01

【ふなだいく】
船大工

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大川市の榎津地区はかつて有明海と筑後川の中継地点として物資を運ぶ多くの船で賑わいました。そこで活躍していたのが造船や修理を担う船大工たち。彼らの間には、大川家具の礎となる高度な木工技術が息づいていたのです

02

【えのきづさしもの】
榎津指物

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“指物”とは釘などを使わずに木材を組み合わせてつくるヒキダシ家具のこと。1536年、木工の祖・榎津久米之介が、榎津地区の船大工たちの高い技術力を生かして指物をつくらせたことから、大川家具は始まりました

03

【こうち・まこと】
河内諒

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昭和27年、大川家具界にかつてないデザインの「引き手なしタンス」が登場。手がけたのは当時大川に住んでいた工芸デザイナーの河内諒氏。この革新的かつ都会的なデザインが高く評価され「家具の街 大川」の名は全国区に!

04

【こんれいだんす】
婚礼家具

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昭和40年代には結婚の急増もあり、丈夫で高品質な大川のヒキダシ家具は婚礼家具の代名詞として人気を博します。大量生産も可能になり、昭和54年には生産額1千億円を超える日本一の家具生産地へと発展したのです

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【くみこ】
組子

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大川家具の高い技術力と繊細さを語る上では"大川組子"も欠かせません。薄いもので0.01mmにまで削った木のパーツを、ひとつずつ木枠の中にはめ込んで図柄をつくり出し光と影を演出する、職人の粋を感じる伝統工芸です